| 「大学を卒業する際、研究室の教授に新潟にある樹脂関係の会社を紹介していただき就職しました。そこから自動車関係の会社に出向したため、その間は新潟から離れ関東へ。その後、特殊車両などを扱っている会社の新潟工場への出向にかわり、念願の新潟に戻ることができました。そこでは、運転シートなどキャビンまわりの設計を担当。しかし所属していた会社自体が、新潟から高崎へ、高崎から大宮へと移っていたのです。これでは将来的に新潟で働けなくなるのでは、と不安を感じて転職を決意しました」。 |
仕事を探していく中で、登録型の技術職の人材紹介会社から三協フロンテアを紹介される。勤務地は新潟、これから新商品を開発するにあたっての設計・生産の拠点となる場所での勤務、まさに後藤にとっては願ってもない転職先だった。「当時、新潟工場は新潟開発部と呼ばれていました。建築と機械の概念を組み合わせたユニットハウスという独自の商品、これは面白そうだなと思いました。私の場合は、前職の経験をすべて活かすという訳ではありません。新しい分野に、自分の力をどこまで、どうやって活かせるが重要なポイント。そういう意味でも、転職は私の人生のステップになっていると考えています」。 |