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社員インタビュー
転職は、確実に私の人生のステップになっていると思う。 後藤利之(1993年入社)
工場内の機械設備の効率を高めるために。
「入社してから 12 年間、ずっと新潟工場です。これはもちろん新潟で働きたいという私の希望を、会社が認めてくれているからにほかなりません。設計が専門だけに入社した当初は、ユニットハウスの設計も行っていました。いまの商品ラインナップの中にも、いくつか自分の設計したハウスがあります」。そう話す後藤は、そのほかにも特注品やイベント品などの設計にも携わっていた。その後、新潟工場はレンタル品の量産工場と位置づけられたため、工場内の機械設備の効率アップという大きなテーマが与えられた。 「自分なりに設備設計を進め、昨年は溶接工場のレイアウトを変更。 7 、 8 月と工場の稼働を止め 9 月から再開するはずが、結局 10 月まで伸びてしまいました。 10 月 23 日、その報告をしに本社に着て帰る途中であの地震が発生。私はあの脱線した新幹線の 1 つ前の列車に乗っていました」。しかし、後藤たちの手による新設備が完成したおかげで工場の能力は従来の 2.5 倍になり、仮設住宅づくりに対応できたというエピソードが残っている。
どこまで、どうやって自分の力を活かせるか。
「大学を卒業する際、研究室の教授に新潟にある樹脂関係の会社を紹介していただき就職しました。そこから自動車関係の会社に出向したため、その間は新潟から離れ関東へ。その後、特殊車両などを扱っている会社の新潟工場への出向にかわり、念願の新潟に戻ることができました。そこでは、運転シートなどキャビンまわりの設計を担当。しかし所属していた会社自体が、新潟から高崎へ、高崎から大宮へと移っていたのです。これでは将来的に新潟で働けなくなるのでは、と不安を感じて転職を決意しました」。 仕事を探していく中で、登録型の技術職の人材紹介会社から三協フロンテアを紹介される。勤務地は新潟、これから新商品を開発するにあたっての設計・生産の拠点となる場所での勤務、まさに後藤にとっては願ってもない転職先だった。「当時、新潟工場は新潟開発部と呼ばれていました。建築と機械の概念を組み合わせたユニットハウスという独自の商品、これは面白そうだなと思いました。私の場合は、前職の経験をすべて活かすという訳ではありません。新しい分野に、自分の力をどこまで、どうやって活かせるが重要なポイント。そういう意味でも、転職は私の人生のステップになっていると考えています」。
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